村田ついに戴冠

昨日行われましたWBA世界ミドル級タイトルマッチについて。

一戦目の不可解な判定を払拭するため組まれたダイレクトリマッチですが、両者のポイントは解りやすく、村田陣営はいかに強打を当て、逃さず、しっかりと詰めるということ。
ハッサン陣営は、いかに動き、スピードの早いコンビネーションをまとめながら強打をもらわない、出入りのボクシングでポイントアウトする。
ここが両陣営の前回の対戦から学んだ戦略だと想定しましたが、序盤、予想以上にハッサンが前へ前へとプレッシャーをかけて来たので驚きました。

これは、強打のある村田を序盤から調子付かせない作戦だったのでしょう。

前回よりもお互いに距離が近く、打ち合いになりそうな展開で、今回の対戦に備えて村田は心肺機能の強化、詰める際の連打にも磨きをかけて来た事が随所に伺えました。

左の打ち出しは前回よりもスムーズ、右ボディから左フックの返しなど、エンダムの打ち終わりにボディのカウンターを合わせる等、効果的なパンチを多用しており村田のコンディションは最高の仕上がりでした。

6Rに放った右ストレートは試合をほぼ決定付けた一撃で、エンダムは腰くだけに•••

そして、ついに7R終了後、エンダム陣営が棄権を申し出た事により村田のTKO勝ちとなりました。

これで日本ボクシング史上初となるアマチュア最高峰であるオリンピックの金メダルとプロボクシングによる世界チャンピオンベルトを獲得するという偉業を成し遂げたのです。

名チャンピオン、ゴロフキンとも統一戦を希望している村田ですが、先ずはじっくり休んで、その喜びに浸って欲しいと思います。

少し残念なのが、こんな素晴らしい試合と衆院選が重なってしまったこと。村田の偉業を夜のニュースで何度も放送して欲しかったです。

まあ、これも過ぎてしまえば良い思い出として記憶に残るかもしれませんね。

スーパースター対決は引き分け



こんにちは。
小部屋管理人の石井です。
少し遅くなりましたが、先日アメリカで行われたボクシングのスーパースター対決「ゲンナディ・ゴロフキン×サウル・アルバレス」の感想をお送りします。

ゴロフキンが保有するミドル級の3団体(WBA,WBC,IBF)王座にアルバレスが挑戦するという図式にて行われた一戦はジャッジ三者三様の判定でドロー。抜群の攻撃力を持つ2人の対戦なだけに”どちらかが倒れて必ずKOにて決着がつく”と多くの識者が予想しておりましたが(私もKO決着を予想しておりました)まさかの引き分け。
これでゴロフキンは防衛を果たしたわけですが、全勝の記録にはじめて引き分けという数字が付いたのです。

試合は序盤からお互いの持ち味が存分に発揮された最高の試合でした。
ゴング開始からアルバレスが持ち前のスピードで速いコンビネーションを繰り出し、ゴロフキンもプレッシャーをかけながらそれを受け止めるという展開。

中盤あたりまでは、アルバレスが、ゴロフキンのジャブの打ち終わりにオーバーハンドの右ストレートを被せたり、ロングのアッパーを合わせたりと、高度な攻撃力を軸にペースをつかもうとするのですが、細かいパンチを幾度も浴びながら全く表情を変えず、ひたすらプレッシャーをかけるゴロフキン。お互いが自信を持って倒しに行くというファン垂涎の展開。

この試合は、世紀の一戦(メイウェザー×パッキャオ)に匹敵すると一部では騒がれておりましたが、個人的には、両者の選手としてのピーク、モチベーションなどを考えると今回の試合の方が純粋に高度な試合としては世紀の一戦をしのぐと思いました。
(ちなみにメイウェザー×パッキャオ戦は、すでに両者のピークが下降線をたどっていました)

とにかく、両者の技術の高さと言ったら・・・ため息が出るほどです。
アルバレスの引き出しの多いコンビネーションはさらに磨きがかかり、ありとあらゆる角度からハイスピードの連打を繰り出し(特にロングのアッパーは美しい!)チャンピオンのゴロフキンは、とにかく前に出てストレート、フックを持ち前のパワーで打ち出し、パンチを放ちながらも途中で軌道を変える(ストレート→フック)等、こちらも百戦錬磨の凄さを発揮しておりました。

また、特筆すべき点は”相手に追撃打を打たせない”上手さにあります。
この部分は、録画をした方には今一度確認をしていただきたいと思いますが、強力な一撃を打たれた後、両者とも出来るだけ下がらずに対処するのです。

打たれた後に

・すぐに打ちかえす
・体の位置を巧みに入れ替える
・フェイントで牽制する

等でうまくしのぐのですが、並みの選手であれば、倒れているような強打をもらいながらもこのような動きが出来るとは、長年のキャリアと反復練習の成果なのでしょう。

後半は、スピードのコンビネーションを放ち続けたアルバレスに疲れが見え、ゴロフキンがプレッシャーをかけて、ポイントを奪い返していくという展開でした。

ジャッジの判定は

118-110アルバレス
115-113ゴロフキン
114-114引き分け

上記の結果により引き分けとなりました。

疑惑の判定などではなく十分納得のいく結果であったと思います。

試合後、両者のコメントでも、再戦をやっても良いとの事。こうなったらリマッチも考えられますね。

いやー・・・素晴らしい試合でした。こういったものを見るとボクシングファンで良かったなぁと実感いたします。

様々な角度から見てもボクシングの教科書といえる内容でしたので永久保存版でDVDにダビングしようと思います。


井上尚弥アメリカデビューは快勝!

昨日、アメリカにて行われたWBO世界スーパーフライタイトルマッチですが、我らがチャンピオン井上尚弥が挑戦者アントニオ・ニエベスを見事TKOで破り、初のアメリカ進出を鮮烈な勝利で飾りました。

圧倒的な勝利でしたが、皆様ご覧になりましたか?(深夜にフジテレビでも放送)

私が先日書かせていただいた投稿で”堅さがあるのでは”と懸念しましたが、そんなものはこれっぽちも見せない素晴らしい状態でしたね。

ニュースで放送されていたシーンではボディーブローのダメージについて注目しているものが多かったと思いますが、私が素晴らしいと感じたのはずばり!左手一本!「ジャブ」です。
速くて重いジャブをガードの高い相手の顔面へ幾度となく繰り出し、これが試合を決したと感じます。あのジャブは右ストレート並みの威力があるわけですから挑戦者はひとたまりもありません。

当たるたびに「ゴツン」と鈍い音がテレビ越しに聞こえてくるようでした。もちろん、ロングのボディー打ちなども特筆すべき点で、あれをあの距離、あのスピードで打てる選手は世界的に見ても希少だと思います。

6R終了時に、ニエベス人陣営がギブアップしましたが、贅沢を言えば、豪快なノックアウト劇で、派手にキャンバスに沈める(失神とかすればなお良し)シーンも見たかったですが・・・

同階級のスター選手であるローマン・ゴンザレスは負けてしまったわけですから、現時点での井上の次回の対戦相手は未定ですが、これからも本場アメリカのリングにて活躍し、さらに名前を売ってほしいです。


ストップのタイミングは・・・

石井の小部屋ふぁいなるをご覧の皆様こんにちは。
石井です。

今日のブログは、先日行われたボクシングの世界戦「WBC世界バンタム級タイトルマッチ 山中慎介VSルイス・ネリー」についてお送りしますが、ご存知の通り我らがチャンピオン、山中が4回KO負けにて王座を陥落。
残念な結果に終わりましたが、これもまたボクシング。勝負の世界がいかに厳しいか改めて痛感した試合だったと思います。

さて、この試合・・・山中が連打をもらったところにトレーナーがリング上にタオルを持って入りストップとなりましたが、これが賛否両論、論議を呼ぶ結果となりました。

山中が所属する帝拳ジムの本田会長はトレーナーである大和氏のストップが早すぎたと激怒。元世界王者なども試合後ストップが早すぎたのでは・・・とつぶやいたのです。

たしかに試合をプロモートし、興行として様々な側面から成功させなければならない立場で考えてみれば、目玉商品である山中チャンピオンの豪打が炸裂せずに早々とストップさせてしまったのは納得がいかないかもしれません。現に山中は以前の防衛戦にてダウンをしながらも後にKO勝ちするという試合を見せているだけに、関係者がそう感じるのも無理はないかもしれません。
しかし!あのストップは適正で、これ以上は考えられないくらいのタイミングで大和トレーナーは試合を止めたと思います。

山中は元々ガードはあまり上げず(←強い左ストレートをすぐに打ち込むため)上半身を大きく振る事もしません。左ストレートを一発まともに浴びせれば勝てるというスタイルなので、攻撃先行型、その強打を相手は警戒する為”攻撃が最大の防御”となっていたのが裏目に出たのではないでしょうか。
今回の対戦相手は、私個人、今まで映像など見たことがなく、力量は未知数だと感じておりました。しかし1Rを見て、あまりの難敵ぶりにこのままだとやばいのではないか・・・と実感しました。
その理由として挙げるなら
・山中の左ストレートをしっかりと警戒し(←ここまでは、今までの対戦相手もやっていた)
 ガードは下げない。
・スピードがあり柔軟性に優れている。
・打たれたらすぐに打ち返し後続打を打たせない。
・パンチを様々な角度から放つかく乱戦法にも長けている。
といった感じでしょうか。

一方、山中は細かいパンチをもらうほどカッとなって前に出るためさらに細かいパンチをもらうという悪循環を生み出しておりました。
これは、今までの試合にて、多少打たれても、またはダウンをしても、自分の強打で最終的にKOしてきたという自信から生まれる”強打者特有の悪しき傾向”なのです。

このような状況が続いたわけですから思ったよりも早くその時が訪れました。

迎えた4R、強打は無いものの細かいパンチを被弾し続けた山中は足元もおぼつかなく、一方的に打たれフラフラに・・・

これ以上の試合続行は危険だと判断したトレーナーの大和氏がリング内に割って入り、それを見たレフェリーがストップを宣言したのでした。

あくる日の朝刊にてレフェリー談が掲載されており「もし、タオルを投げられていたら投げ返し試合を続行していた」と話していたそうですが、びっくり!まるで興行主陣営の意志が働いているようではありませんか・・・

山中チャンピオンの状態を考慮してトレーナーはベストをつくしたと思いますが、間近で見ていたレフェリーとトレーナーの全く異なる態度にはただただ驚かされるばかりです。

あくまでも私見ですが、あの状態で試合を継続していれば、とんでもない強打をもらっていた可能性もありますから、大和氏の決断、良いと思いませんか?
選手の安全と健康を第一に考える、これこそトレーナーの役割ではありませんか!

以上。今日もボクシングネタにお付き合いいただきありがとうございます!

ちなみに、タオル投入=ストップという図式が容認されているのは日本だけのようです。
海外では、迷惑なお客さんが勝手にタオルを投げ込んで試合が終わらないように、もしタオルが飛んできた場合、レフェリーが必ず陣営が投げたものか確認してからストップを行います。



驚異の瞬間 その③

驚異の瞬間の続きをお送りします。
以前の記事()はこちらからご覧下さい。

スパーリングとしては最終ラウンドである3Rがついに始まりました。
お互いにダメージが深いということは一目瞭然。
後にMRに話を聞いたところ「あの時は、移籍してきたばかりでしたし、会長に良いところを見せたくて必死でした」との事。きつくて仕方なかったはずですが、なんとか自分を奮い立たせていたようです。

疲労困憊の二人、ラウンドの序盤は離れた距離からジャブ、ワンツーと基本に忠実なボクシングを行い、疲れているからの省エネ戦法で、出来るだけ相手を近づけたくないという様相でしたが・・・

AKが放ったワンツーからの左フックがMRのこめかみにヒットすると激しい打ち合いが始まりました。
一瞬、グラッと来たMRでしたが、すぐに立て直すと、ボディ打ちを中心に雨あられの連打。
ほとんどのパンチがまともに当たり、後退したAKもタイミングを見計らいすぐにワンツーからの左フック、右ストレート、左フックを放ちましたが、これもすべてヒット。
MRはまるで顔面ブロックするかのようで、パンチがすべて顔面に吸い込まれていくのでした。

ダメージがありながらも必死に前に出る両者。スピード、パンチ力が鈍りながらもMRがコンビネーションを放つとこれもすべてヒット。

まさに、ノーガードの打ち合いへと突入したのでした・・・

あまりの激しい打ち合いに、内心、止めたほうが良いのではないかと会長の様子を伺うと、いつもと変わらぬポーカーフェイスでお互いのダメージなど全く気にしていないようでした。

その時、ついに驚異の瞬間が訪れました。
文才の無い私はわかり易くイラストでお伝えさせていただきます。(絵心はもっと無い)

AKの放ったパンチがまともにMRのアゴにヒット!!


あまりの衝撃にMRの口からマウスピースが上空へ飛び出す。


なんと!!!飛び出したマウスピースが元通りMRの口の中へ・・・


どうですか、皆様・・・別にたいしたこと無いと思われるかもしれませんが、一度、口から飛び出したマウスピースが元通り口の中に納まる。
まさに、コンマ何秒かにおける芸術ではありませんか!
私、長年ボクシングを観戦しておりますが、このような珍事は後にも先にもただ一度きりです。

その後、混戦の中スパーリングは終了。

両者、すぐにリングに座り込むと肩で息を切らし、しばらくはその場から動けないのでした。

MRとは、いまでも交流がありますが、会うたびにこの時の話題になります。

これは、すごく暑い夏の思い出でしたので、夏が来るたびに思い出してしまいますね。

何度打たれても必死の形相で前に出続ける二人を思い浮かべると、自分も頑張らなければいけないと感傷的になるのでした。

驚異の瞬間 終わり

驚異の瞬間 その②

おはようございます。

小部屋管理人の石井です。

今日は早朝から小部屋をアップしてみたいと思います。早速、前回の続きをお送りしますね。

まだまだ、激しい打ち合いを予感させる1R目が終わると会長は二人にアドバイス。
細かいことは忘れてしまいましたが「もっと体を振れ」とか「一発で当てようとしないでパンチを捨てろ」みたいな事を言っていたような気がします。

1分のインターバルが終わり2R目開始の合図が鳴り響きます。

両者、先ほどのラウンドよりも近い距離でジャブを放ち、できるだけ攻勢を取ろうと目論んでおります。AKがジャブを数発放ち距離を詰めワンツー。これが軽くヒット。すぐにMRが右ストレートをボディに放ち、続いて左フック、右フックと返すとこれもヒット。
MRが距離を詰めるとAKのワンツーがヒット。のけぞったMRに追撃を行うと今度はMRが必死にクリンチをして後続打を打たせず、離れ際に左フックを見舞うという一進一退の攻防が続きました。

距離を測りリングをサークリングしながら様子を伺う二人。再びAKが仕掛けると、待ってましたといわんばかりにMRがカウンターを狙いましたが、そのパンチは頬をかすめる程度。
代わりにAKの軽いジャブが数発顔面を捉えたのでした。しかし、すぐさま体勢を立て直したMRはAKをコーナーに追い詰めると上下左右に打ち分けた連打を開始。AKも負けじとめちゃくちゃな連打で応戦し、まさにリングは”仁義なき戦い”へと突入したのでした。

ボコッ、バシッ、とかそういったような音がジム内に響き渡り、とにかく出すパンチはほとんど当たるので、見ていてこちらまでわき腹が痛くなってくるようでした。

激しい打ち合いの中2R目は終了。

お互い、肩で大きく息をしながらインターバルを過ごしており、疲労が色濃いせいか、会長のアドバイスなどほとんど聞いておりませんでした。

そして、運命の3R・・・が始まる前に、話は前後しますが、後に仲良くなったMR君の愛すべきキャラクターが垣間見えるエピソードをご紹介。
(解りやすく私とのQ&A方式で書きます)

石井「ボクシング経験があるようだがどこのジムに通っていたのか?また、どのような練習を行っていたのか?」

MR「自分は山奥から通っており、普段は山の辺りを走っているため足腰が強くなってスタミナがついた気がします。通っていたジムというか習っていた場所は、喫茶店をやっているボクシング好きのおじさんが自宅に作ったジム(←ごの時点で大丈夫か?という気になりました)で練習をやっておりました。リングはとても狭く、万が一スパーリングをやると、狭いので打ち合うしかないのです。また、唯一ジムに合ったサンドバッグは、天井からつるした鎖が外れ、ある日突然”ずどーん”と落ちてきました。そして、二度とぶら下がることがありませんでした。はい」

石井「そのジムを移籍したのは何故か?」(←聞くまでもない)

MR「はい。やはり、ボクシングが大好きですし、プロ志望でやっている為、このようなジムで続けるのは厳しいと思いました」

※注釈 ボクシングのプロテストを受けるには日本ボクシング協会加盟のジムに所属しなければなりません。協会には毎月ライセンス料のようなものを支払うので、アマチュアのジムや趣味でやっている程度のジムにはとても払うことが出来ない。

MR「ある日、プロとしてやっていきたいのでジムを移籍したいから退会させて欲しいと告げると、頼むから辞めないでくれと月謝が下がりました。それでもたまに退会したいと告げると、どんどん月謝が下がり、最後にはただ同然になりました」

そりゃ、プロとしてやりたいなら移籍したほうが良いに決まってますね。

後は、MRがアマチュアの試合(デビュー戦)に出場した時ですが、この試合は見事に勝利。
普通は試合終了時判定がアナウンスされ、その後、審判が勝者の手を挙げ、お互いが挨拶し、相手のセコンド陣営に挨拶しに行きリングを降りるのですが、勝者としてコールされ手が挙がると、あまりの嬉しさに、相手にもセコンドにも挨拶せず「やったー」と言いながら、すぐにリングを降りて一人で勝利の余韻に浸っていたのを思い出します。

また、喫茶店のおじさんがちゃんと教えなかったせいか、拳を守るバンデージの巻き方もめちゃくちゃ。移籍してきてようやく本来の巻き方を覚えたのでした。

そんな愛すべきMR・・・

話を元に戻しましょう!

ついに最終ラウンドである3Rが始まります。

驚異の瞬間 その①

こんにちは。
小部屋管理人の石井です。

皆様も長いこと人生を送っていれば記憶に残る印象的な場面に、一度くらいは遭遇した事があるのではないでしょうか。

今回は、私が遭遇した「驚異の瞬間」をお届けします。
と言っても、これを面白いと感じたのは、この話の主人公であるMR君の独特なキャラクターがあっての事だと思います。

ボクシングジムに通っていたある日。
まったりとした午後で、ジムには私を含め練習生が3人しかいませんでした。

まあ、昼間のボクシングジムなんてこんな感じです。
プロ志望、またはプロ選手は仕事の都合などで、夕方くらいからジムに集まるのです。

その時、のんびりとした雰囲気を打ち破るかのように会長が一言「そこの二人、スパーリングやりなよ!」
指名されたのは、他のジムから移籍してきたプロ志望のAK。
もう一人は謎の男MR。

謎の男MRですが、この時、始めて姿を目撃しました。
身長は小柄で色白、肩のあたりの筋肉が見事に盛り上がっており、体中からみなぎる底知れぬパワーを感じました。
ぱっと見は、とても大人しいのですが、野獣のような目がギラギラとしており、印象的に残ったのを覚えております。

私がMRにスパーリング用のグローブを装着し、ヘッドギアを被せると小さな声で「有難うございます」と呟きました。

リングに上がった二人は、身長、体重もほぼ同じ。

世界チャンピオンを輩出している名門ジムから移籍してきたAKは接近戦を好むインファイター。
それに対しスタイル、強さも全く未知数のMR。

何故だか解りませんが、MRに期待してしまう私がいるのでした。

さあ、3分3ラウンドのスパーリングが始まります!

序盤は静かな立ち上がりでした。
少し離れた距離で様子を伺いながらジャブを数発交換する両者。
かなりの長い時間、見合った状態が続いたため、会長が「お互いにもっと手を出して!」
と言った途端。

AKがジャブからワンツーのコンビネーションを放ち距離を縮めると、体ごとMRをコーナーに押し込み、雨あられの連打を打ち始めたのです。

ガードを固めながらも数発は被弾したMRですが、クリンチしてAKをホールドすると、相撲のように体を入れ替え、AKの体をコーナーに突き飛ばしたのでした。
その、見事な体勢の入れ替えに会長も思わず「おっ!MR良いぞ!」

今度はAKがコーナーを背負う形となり、MRの猛攻が始まったのです。
AKに負けずとも劣らない手数で連打を放つMRですが、そのコンビネーションは独特なのです。
通常、このレベル(デビュー前〜4回戦くらい)であれば、顔ばかり狙い打ちしてしまうのですが(俗に言うヘッドハンター)
MRはボディを滅茶苦茶に打ちまくるのです。
その打ち方は、両サイドから左、右、左、右とアッパーでサイドのボディを叩きまくるのですが、左右の繋ぎが悪く、当たり方もナックルの部分が当たったり当たらなかったりと何とも不格好なのです。 
しかし、ダメージを与えている事は間違いないため、AKも体を折り曲げ、たまらずクリンチ。

クリンチ後、リング中央で数発のジャブを打ち合うと1Rは終了。

実力伯仲の二人
どうなってしまうのか!!
(ガチンコファイトクラブ風に)

続く。

今日は何の日

石井の小部屋をご覧の皆様こんにちは。
栗山です。

皆様、今日が何の日かご存知でしょうか?
ピンッときた方はかなりの小部屋ツウです。
そうです!
石井の小部屋すぺしゃる時代に、部屋をあげて応援していたプロボクサー中川倭選手が、2年前に最後の試合を行った日です。
かなり難問でしたね…

あれは忘れもしない今から4〜5年前。←初めからあやふや
石井氏の案内で初めてボクシングの観戦に行きました。
ほぼ全試合4回戦でこれといった注目のカードもない地味な興行でした。

それでも初観戦の私は、暗い会場でリングを照らすライトの強烈な明るさ、パンチの当たる音、セコンドの指示、イカツイ彼氏を涙目で応援する彼女(想像)、孫がボコボコにされてうろたえるおばあちゃん(想像)、超真面目青年が筋金入りの不良をやっつける(見た目)など、様々なドラマを目の当たりにし、とても感動しておりました。

そんな中、私たちにこの日一番のインパクトを残したのが中川選手でした。

朴訥とした雰囲気で淡々と静かに入場。
試合開始直後から強烈な左が当たり、後半のチャンスで一気の猛攻。
1ラウンド終了間際にレフリーストップ。
TKO勝ちが決まった瞬間に勝利の雄叫びを大絶叫。
この静かな入場から大絶叫までの一連の流れは、4回戦の試合でありながら、ボクシングの楽しさ、たった1人で戦う過酷さ、命がかかっているという雰囲気、を一気に味わうことができ、深く感動しました。

その数ヶ月後、ボクシングの開催日と楽器屋の休みが重なったので1人で後楽園ホールへ。
なんと偶然にもこの日も中川選手の試合が!
この試合も強烈なパンチでダウンを奪い、判定ながら完勝。

体の柔らかさとバネが感じられる動きはこの日も際立っており、翌日石井氏に結果を報告。
ボクシングに精通しすぎている石井氏も中川選手の足腰の強さと若さにとても可能性を感じていたようで、

今回たまたま行って、また偶然見てしまうというのは、何かの縁ですから、小部屋で勝手に応援していきましょう!

と、いうことになり、
楽器屋のブログでプロボクサーの応援を勝手に始めました。

中川選手の試合内容や結果報告、次回試合日の告知、応援参加者を募るなどし始めたある日曜日、

石井さんはいらっしゃいますか?

と楽器とはほぼ無縁とも見えるナイスミドルがお店を訪ねてきました。

石井さ〜ん!お客さんですよ〜!

とその後ろに見たことのある青年が立っていました。

すみません…親父がネットで自分の名前を検索したら、ここで応援してくださっているというので…

ということで、勝手に応援しているただの楽器屋の店員のところまで、わざわざご両親と挨拶に来てくれたのです。

この一件は石井の小部屋史に輝く衝撃的な出来事で、
ジョンウィリアムスはじめ、国内外のそうそうたるギタリスト、ビッグスターの来店を目の当たりにしておりましたが、この時ほど感動した記憶はありません。

この日以降、他人ではなく、身内の応援、となるわけですが、
試合の日は体験したことのない緊張を感じました。

食欲はないし、水も飲みたくない、吐き気がする、などなど。
必死で応援する彼女やうろたえるおばあちゃんの気持ちが少しわかった気がします。

3ヶ月に1回のペースで試合が行われ、一喜一憂。
『石井の小部屋』のロゴ入り勝負パンツで見事に快勝し6回戦へ昇格。

カッコイイ横断幕でも作りましょう!と計画していたところ、
7月27日の敗戦をもってボクシングから離れる、との連絡がありました。

とても残念に思いましたが、辞めないで!と簡単に言える競技ではありません。

その後も後楽園ホールへボクシングの観戦に出かけておりますが、あの緊張感と感動を味わうことは今の所、一度もありません。

本当に貴重な経験をさせてくれた中川君、今はどこでどうしているんだろうか…

この暑い季節になると、毎年思い出します…(まだ2年目ですが…)

時代に翻弄された偉大な王者 その②



マックス・シュメリングについて書いております。

前回の記事はこちらをクリックしてください。

ユダヤ系の敏腕マネージャーであるジョー・ジェイコブズのマッチメークにより幾多の強豪を退け祖国ドイツではナチ党の看板となったマックス・シュメリングは、35年3月ハンブルグで試合を行いました。

強豪であるスティーブ・ハマスを9回KOにて倒すと、その雄姿に興奮した2万5000人の観客が一斉に立ち上がりドイツ国家を合唱し始めたのです。(右手を掲げたナチス式の敬礼をしながら)

突然の事態に困惑したジェイコブズはリング上で、葉巻を挟んだままの右手を見よう見真似で掲げたのですが・・・
「我らヒトラー総裁に対する、許しがたき侮辱行為!」
多くのマスコミがジェイコブズの不敬を糾弾し、内務次官でありヒトラーの側近、ハンス・フォン・チャマーウントオステンからシュメリングは呼び出しを受けたのです。

「ユダヤ人と縁を切れ」

しかし、これを断固として拒否したシュメリングは、生命の危険を冒してもヒトラーを説得しようと直接、総裁に会見を申し出ました。

著書「わが闘争」においてボクシングを理想のスポーツと断言し、突撃隊には射撃よりもボクシングを行うことが重要だと記したくらいのヒトラーだから、快くシュメリングをヴィルヘルム沿いの官邸に招き入れました。

しかし、ヒトラーの機嫌をおおいに損ねることに・・・

「私のマネージャーはユダヤ人です。けれどもボクシングにおいては、カトリックであろうとプロテスタントであろうと、ユダヤ人であろうと、黒人であろうと、そんなことはどうでもいいことなのです」

これにより、ナチ党のシュメリングへの回答は、後に戦争勃発とともに、世界的なアスリートとしては異例の”最前線への徴兵”という形で実行されたのです。

一方、ナチ党はアメリカ人で無敗のジョー・ルイスをKOしたシュメリングを強国ドイツの宣伝材料として無視できないでもいたのです。

そんな状況のなか、シュメリングはアメリカへの移住を勧める周囲の声をきっぱりと断りました。
「私はナチ党員ではありません。もしそうだったら、アメリカにこれほどのユダヤ人の友人はいません。かといって祖国ドイツを捨てることなどできません。ドイツでドイツ人として生まれ育った私は一生ドイツ人です」

第2次世界大戦後、コカ・コーラの販売などを手掛けるなどしてシュメリングは実業家として成功。頻繁にアメリカを訪れるようになります。

実は、この時、経済的に苦しい状況であったかつてのライバル、ジョー・ルイスに対し、目立たぬように内緒で金銭的援助を行っていたそうです。

アメリカの英雄であるジョールイスが亡くなった時、その入院費などの多くをシュメリングが払っていたことが後に判明しました。

世界のボクシングにおいて、幾多のチャンピオンが生まれ、また、その輝ける才能が有りながら無冠のままに終わった名選手が多数おります。
今日は、ボクシングの技術だけではなく紳士としても印象に残る名選手をご紹介しました。

時代に翻弄された偉大な王者 終わり

時代に翻弄された偉大な王者 その①



こんばんは。
小部屋管理人の石井です。

スポーツは様々なドラマを生み出すものです。皆様もご存じだと思いますが、オリンピック、ワールドカップ等国際的な大舞台であるほど、多くのドラマが起こり人々に感動を与えます。
今回はボクシングにおけるドラマをお送りしましょう。

ヘビー級史上最高の強さで後世に名を残したアメリカ人王者「ジョー・ルイス」は、人種差別の困難さを乗り越え、黒人として後のアスリートたちに多大な影響を与えました。
その「ジョー・ルイス」と世界戦を戦ったドイツ人「マックス・シュメリング」が今回の主役となります。

1924年アマチュアで好成績を残していたシュメリングはプロデビューをTKOにて勝利。

ケルンにて人気者となった彼に千載一遇のチャンスが巡ってくるのです。
それは、新婚旅行で欧州を訪れていた名王者ジャック・デンプシー(アメリカ出身・デンプシーロールははじめの一歩にも登場する)とケルンの大遊技場で模倣試合をすることとなったのです。
試合ではこの名王者にクリーヒットを数発浴びせ大歓声を浴びたシュメリングはデンプシーから「君はいつか世界王者になる」と言わしめたそうです。

その後、ベルリンに主戦場を移し欧州王座を獲得。さらなる高みを求めたシュメリングはついにアメリカ進出。しかし母国ドイツではユダヤ人排除を唱えるヒトラーのナチスドイツが台頭してきたのでした。

1930年6月アメリカのヤンキースタジアムにて8万人の大観衆にて行われた世界戦ジャック・シャーキーVSマックス・シュメリングの試合はなんと、ローブローの反則を受けたシュメリングが下腹部の痛みを訴えながらリングにダウンし、マネージャーの猛抗議により失格勝ちとなったのです。要するにシュメリングはリング上にダウンしながら世界王座を獲得したのです。この異例と言える結果に涙したシュメリングは即座に王座を返上しようとしたのですが、これを幼いころからの憧れであったジャック・デンプシーが思いとどまらせたのでした。

翌31年6月、ヤング・ストリブリングを明確な判定で退け防衛に成功。真の実力を見せつけたシュメリングでしたが、シャーキーとのリターンマッチにはまさかの判定負け。
ほとんどのアメリカ人記者はシュメリングの判定勝ちと見た試合であったそうです。

さあ、きな臭い時代です・・・

当時、ナチスドイツはスポーツ活動を奨励しており、元世界王者の肩書を持つシュメリングは理想のヒーロー(広告塔)であったのです。
しかし、敏腕マネージャーであるジェイコブスはユダヤ系。
ナチ党にとってそれは許しがたいことだったのです・・・

続く

プロフィール

HN:
マンシー•カマラ
性別:
非公開
職業:
クレープ屋、ギター製作家、毒ガス管理業、台灣、ロボット職人
自己紹介:
はじめまして。
・石井(クレープ屋)
・栗山(ギター製作家)
・オマタ(毒ガス管理、散布業)
・うどん(ロボット職人)
Kロサワ楽器を自主退社した4人と
・ありこ(台灣)
・師匠(2017年8月20日脱退)
が加わり、日々様々な自己中話を投稿していきます。
動画も多数公開予定ですので乞うご期待!!

カレンダー

06 2018/07 08
S M T W T F S
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

リンク