時代に翻弄された偉大な王者 その①



こんばんは。
小部屋管理人の石井です。

スポーツは様々なドラマを生み出すものです。皆様もご存じだと思いますが、オリンピック、ワールドカップ等国際的な大舞台であるほど、多くのドラマが起こり人々に感動を与えます。
今回はボクシングにおけるドラマをお送りしましょう。

ヘビー級史上最高の強さで後世に名を残したアメリカ人王者「ジョー・ルイス」は、人種差別の困難さを乗り越え、黒人として後のアスリートたちに多大な影響を与えました。
その「ジョー・ルイス」と世界戦を戦ったドイツ人「マックス・シュメリング」が今回の主役となります。

1924年アマチュアで好成績を残していたシュメリングはプロデビューをTKOにて勝利。

ケルンにて人気者となった彼に千載一遇のチャンスが巡ってくるのです。
それは、新婚旅行で欧州を訪れていた名王者ジャック・デンプシー(アメリカ出身・デンプシーロールははじめの一歩にも登場する)とケルンの大遊技場で模倣試合をすることとなったのです。
試合ではこの名王者にクリーヒットを数発浴びせ大歓声を浴びたシュメリングはデンプシーから「君はいつか世界王者になる」と言わしめたそうです。

その後、ベルリンに主戦場を移し欧州王座を獲得。さらなる高みを求めたシュメリングはついにアメリカ進出。しかし母国ドイツではユダヤ人排除を唱えるヒトラーのナチスドイツが台頭してきたのでした。

1930年6月アメリカのヤンキースタジアムにて8万人の大観衆にて行われた世界戦ジャック・シャーキーVSマックス・シュメリングの試合はなんと、ローブローの反則を受けたシュメリングが下腹部の痛みを訴えながらリングにダウンし、マネージャーの猛抗議により失格勝ちとなったのです。要するにシュメリングはリング上にダウンしながら世界王座を獲得したのです。この異例と言える結果に涙したシュメリングは即座に王座を返上しようとしたのですが、これを幼いころからの憧れであったジャック・デンプシーが思いとどまらせたのでした。

翌31年6月、ヤング・ストリブリングを明確な判定で退け防衛に成功。真の実力を見せつけたシュメリングでしたが、シャーキーとのリターンマッチにはまさかの判定負け。
ほとんどのアメリカ人記者はシュメリングの判定勝ちと見た試合であったそうです。

さあ、きな臭い時代です・・・

当時、ナチスドイツはスポーツ活動を奨励しており、元世界王者の肩書を持つシュメリングは理想のヒーロー(広告塔)であったのです。
しかし、敏腕マネージャーであるジェイコブスはユダヤ系。
ナチ党にとってそれは許しがたいことだったのです・・・

続く

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プロフィール

HN:
マンシー•カマラ
性別:
非公開
職業:
クレープ屋、ギター製作家、毒ガス管理業、台灣、ロボット職人
自己紹介:
はじめまして。
・石井(クレープ屋)
・栗山(ギター製作家)
・オマタ(毒ガス管理、散布業)
・うどん(ロボット職人)
Kロサワ楽器を自主退社した4人と
・ありこ(台灣)
・師匠(2017年8月20日脱退)
が加わり、日々様々な自己中話を投稿していきます。
動画も多数公開予定ですので乞うご期待!!

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